久しぶりにクスリでふらつく理由は。

 

昨晩、どうしても寝つけなかった。
これ以上睡眠時間を減らすと翌日の仕事に差し支える、という状況。
ちょっともやもや考えてしまう事があって、なんというか、ストレスによる不眠っぽさがある。だから、余計に神経質になってしまう。

 

 

ちなみにその「もやもや」というのは、金曜日に病気で休んだことに関係している。土曜日に回復したので街で外食などを楽しんだことを、同じ会社の人に(メッセージアプリ経由で)ちくりと注意された。それなりに親しく話す間柄なのに(少なくとも休日に何を過ごしたのかLINE等で伝え合う仲なのに)、そういう部分でずれている事は、残念でならない。
僕個人としては、「平熱になったら通常通りに過ごして良い」と医者に言われたのだから、病欠した翌日に(職場の人達に迷惑をかけたという理由で)家でおとなしくしなければならない、という意見こそ承服できない。ブラック企業と中学校の運動部を足して2で割ったような発想だと思う。

僕は社会人として真摯に生きたいから、精神論で人の権利を蔑ろにするような真似は避けたいと思っている。
さらに言うと、たとえ「病気で休んだくせに、笑って土曜日を過ごすなんて信じられない。せめて隠れて遊べ。まるでサボり病だね」と「みんな」が考えたとしても、言葉にはして欲しくない。
有給休暇で減ったマンパワーを出勤した人達がカバーするのは、会社員の勤めだろう。だから平気、とまでは僕も厚顔ではない。職場の皆さんには、本当に申し訳なく思う。
ただ、それを言葉にしたら「愚痴」であることくらいはわかる。その愚痴は、自らの首を絞める。不愉快であっても、ぐっと飲み込まなければならない。
友達であり、そして「仕事仲間」であるなら、なおさらのことだ。償いは、それこそ勤務時間にしかできない(償えない部分も多いだろう)。

思うのは自由、だが言葉にしたらそれは間違い、という発想や考えが存在する。それはつまらない大人のしがらみではなくて、誰かを不用意に傷つけないための、人間の知恵だと思うのだが。それにほら、誰もが適切な表現とタイミングを選べるわけじゃないし。

 

 

「そんなもやもや状態では眠れない!」と、深夜にベッドから出て、ずいぶん昔に貰った「安定剤」を引っ張り出して飲んでみた。
心療内科に通っていた時は毎食後に1錠飲んでいて、特に効いた感じもしなかった。他の薬との相互作用のために必要なのかな、くらいに考えていた。

昨晩は、これをピルカッターで2分の1に割って、飲んだ(もちろんインターネットで「お薬の情報」を調べてから)。
あっという間に、ぱたりと寝た。びっくりした。ここまで効くものなのか、と寝入る寸前に思った。
あの病んでいた日々、僕の肝臓(たぶん肝臓で代謝されるのだろう)と脳細胞は、どんな苦労をしていたのか。慣れというのは恐ろしい。

そんなわけで、朝は、ふわふわして眠かった。さすがに、上記のようなことを言われて、「大丈夫、健康管理はできています。努めは果たすし、その上で休日を楽しむ所存です」みたいな事を(もう少し柔らかな表現で)伝えた後に、休むのは格好悪い。
だから頑張って、コーヒーとカフェイン錠の力を借りて、出勤した。

昼間はさすがに「普通の寝不足」的な感覚が続いた。でも危険なことは無かったし、ミスもせずに1日を過ごせた。
今日はさすがに、早く寝る。薬は飲まずに、ただ早くベッドに入る。

 

 

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