七草スープ

お粥が苦手だ。
例外として中華粥は好きで、でもおじやの類は駄目なので、要はどろっとしたものが苦手なのだろう。
だから純和風のお粥である、七草粥も好きではない。見た目も雰囲気も良いのに、食べたいとは思わない。

 

そんな今日の夜、スーパーマーケットに寄ったところ、早くも「七草粥セット」が投げ売りされていた。明日には廃棄される、まるで草のような(というか草である)野菜の詰め合わせ。珍しいカット野菜が98円だと考えたら、これはつい買ってしまっても許されるのではないか。

帰宅して汁物にする。
冷凍してあった塩鱈を使ってスープを作る。出汁の素なども使う。
大根おろし、蕪のすりおろしを加える。
仕上げに刻んだ七草を入れて完成。
少し胡麻油か何かを加えたい気分だったが、今日は七草粥のコンセプトを尊重して、あっさりした、物足りないくらいの味付け。その代わり、出汁は濃いめ。
切り餅を1個、半分に切って、それぞれ焼いて食べる。餅は小さくても満足感があるから便利だ。1個でぱくっと食べるよりも、半分ずつ食べたほうが、たくさん食べた気になれる。


ところで「お正月のご馳走で疲れた胃腸を休ませる云々」という説明、昔の庶民にも、そして現代人にもそぐわない話だと思う。もっと言うと、いつの時代にも、ほとんどの人にとって合理的ではないのに、まるで「昔の人はよくわかっていた」みたいに伝えられている話のひとつだ。
あれは上流階級の生活が庶民に浸透していった時代に、新聞か婦人雑誌がでっち上げた説明ではないかと僕は推測する。作られた「日本人古来の習慣と知恵」の匂いがする。
死んだ祖母が「若い頃に、これからのおせち料理はこういうスタイルで行きましょう、と”生活を向上させる”風潮があり、その後は日本中で今の三段重の形になった。雛祭りも花見も、戦前に“大統一”があった」と言っていた。たぶんその頃に、「日本の伝統行儀はかくあるべし」と色々なものが書き換わったのだろう。
だから悪い、という話をするつもりはないけれど、そういう更新が善だった時代が、明治か大正にあったのかもしれない、という前提で日本の伝統を眺めると、そうそう無邪気に「美しい日本」と言っていられないと思うのだ。

 

 

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