試験勉強などの、喫緊でありながら自己管理によってのみ実行される面倒な出来事に遭遇すると、つい自室の清掃や整理整頓や日曜大工、手芸へ没頭する人間が存在する。要は逃避であり、怠惰心の発露といえよう。逃避先のほうがエネルギーを使っていそうな気がするが、そういう効率は問題ではないのだ。やりたくないものは可能な限り先延ばしにするが、ではリラックスして過ごすほどの度胸はない、ということなのだと考えている。
まるで他人事のように書いてみたが、今日の僕が、まさにその状態だった。
いくつか頼まれている事があり、さらに持ち帰り仕事的な懸案事項も2つ抱えている。今日と明日が、それらを手がけるチャンスというか、明日以降はもう時間が無い。
でも今日は、家事が実に捗った。
夏の前から延々と続く部屋の最適化は9割方片付き、パソコンやスマートフォンの不具合対応と環境整備も進み(ATOK Passport導入)、探していた本は隣町の書店で見つけ出し、本棚の微調整は完了し、さらに自転車の整備も済ませた。それら全てが、今やらなければいけない事かというと大いに疑問だが、しかしこういう逃避行動は、「パチンコやゲームや深酒よりはマシ」という意味では、完全に否定できるものではない。ある種の達成感すら感じている。
こうして僕の暮らしは少しだけ快適になった。自分の弱さが日常生活を改善する、というのは素晴らしいことだと思う。
今日、本当にやらなければならなかった事は、明日に予定の2倍頑張ればいい。
今だって少し焦りがあるけれど、この焦りもまた燃料として、クローゼットの片付けと、自動車関連の書類整理、その他の家事雑事を推進しようと考えている。
そういえば今日は、ずいぶん読書が捗った。
8月から運用中のタブレットも、ほぼ全ての設定と環境整備が完了した。様々なアカウントのパスワード類の更新も済ませたし、手紙の返事も書いた。これらの多くが、「逃避力」を利用したものだとしたら、たいしたものだと思う。
昼過ぎには「デニーズ」に、上記の”持ち込み仕事”の書類を抱えて行った。「家では捗らない」という判断だったが、筆記用具を忘れたので即座に放棄し、パンケーキ(ピーナッツバター・パンケーキ)とコーヒーと読書の時間へと切り替えた。我ながら迷いの無い、実に鮮やかかつ素早いモード転換だった。
うっかり年賀状の下書きまで終わらせてしまった。
密度は濃い、だがしかし、という休日。有意義といってよいのではないか。