時間停止能力者に遭遇したこと

一昨日から、新人の教育を任された。
新人ではあるのだが、実際のところ「他所の部署で使い物にならなかった人」が、今の職場には回されてくるようで、彼もその1人という。僕もまだ勤めて半年も経っていないから、実情はわからない。ただ、妙に「悪い人ではないんだけどねー」と評される人が多い職場だとは思っている。

就職前の面接で「前職では通常業務の傍ら社員教育への取り組みに力を入れ云々」と語りすぎた。それを覚えていた上司から「じゃあ君、こういうの得意だろう。任せるよ」と言われてしまった。
僕はもう、就職面接で喋った事などは、すっかり忘れていた(前職で頑張った事も、概ね忘れた)。

 

この部署だって「誰でもできる簡単なお仕事」という訳じゃないと思っているのだが、基礎研究と測定が主業務という、「うっかりミスしても損害は自社内にとどまる」特性が、この人事的姥捨山に選ばえる理由なのだと考えているし、そう上司達も言っている。隣の部署の上司だって言うくらいだから、たぶんそういう事なのだろう。

 

今度の新人、A君も、なかなかすごい。悪い人かどうかは、まだわからない。

ただ全体的にもっさりしていて、すぐに手が止まる。慎重というよりも、悩むと気が逸れてしまうようだ。

僕「…とまあ、こんな感じです。理解しましたか?」
A「はいもちろん」
僕「注意点はこれとこれ。それ以外は昨日と同じ。わからないことは?」
A「はいもちろんです」
僕「では、やってみましょう」
 ここで3分が経過。
 動きが無いので声をかける。
僕「大丈夫ですか?難しいところがありましたか?」
A「大丈夫です、もちろんですとも」
僕「では作業を続けてください。問題があったら言ってください」
A「はいもちろん」
 ここから2分が経つ。
 動きが無いので確認すると、爪のあま皮をチェックしている。
僕「作業は終わりましたか?わからない部分はありますか?ところで爪に問題が?」
A「はいもちろん、まだ途中です。すべて大丈夫です。爪も大丈夫です」
そして教育が続いていく。

わりと頻繁に、手がぴたっと止まってしまう。
機器の操作などの場合は、たいてい爪を確認している。パソコンを使っている際には、「会社の福利厚生サイト」を眺めている事がほとんど。

なんだか時間を停止させる超能力者と対峙しているみたいな気分になる。ただしこの場合、時間が止まるのが本人だけ、という超能力。少年漫画には出てこないタイプの能力者といえる。止まった時間には爪か福利厚生サイトを見る。
バトルをしているのならば脅威では無いかもしれないが、一緒に働くとなると、これは困る。

教育担当者としては「彼の特殊能力は時間停止(Ultimate Freezer)です」と教育日報には書けない。表現を工夫する必要が生じている(そして残業)。

 

 

ところで彼は、他にも奇行が目立つ。

  • 教育者が「今日は座学です」と言うと、その直後に、その場に座りこむ。機械の前でも廊下でも平気。「いや今日は実作業じゃなくて、説明をするだけなので、それを聞いて、メモしてください」とか言うと「えっ(どういうこと?)みたいな表情をする。
  • 誰かが話をしていると、いきなり割り込む。研究員や管理職が難しい会話をしている時など、よく横に立って「ふむふむ」と頷いている。たまに自分の意見を述べたりもする。固定資産と来期の予算についての会話に「勘定奉行が便利だと思いまーす」などと言葉を挿むのは、正直やめて欲しい。
  • 初対面の人間に「艦これ」の事を話す。慎みの無いオタクは苦手です。
  • 艦これ」は知らない、と答えたところ、「なるほど、じゃあスマホの性能の半分も使ってないんですね」と言われてしまった。
  • 非常階段の場所を教える。確認する。
    上の階に行く。確認する。下の階に戻る。確認する。
    そして翌日、また確認する。「安全第一」とは教えたが、でも一般的に、非常階段は安定して存在すると(僕は)思う。でなければ困る。
    週末まで確認作業が続いたら、この件は指摘したい。
  • プレゼン好き。というかパワーポイントが好き。さらに言うと、パワーポイントのアニメーション効果に目がない。
  • 残念ながら、配属から3日目に作ってもらうプレゼンテーション・スライドは無い。でも何か、空いた時間に作っています。
  • サイドミラーを畳んだまま駐車場を走っていた。「公道じゃないですからね」という言い訳のズレっぷりが日常侵食系ホラーだと思う。
  • 「若い頃、公共施設のガラスに引っかき傷でサインを刻んだ」という武勇伝はやめよう(提案)。
    少なくとも「ヤンキーの変な流行と風習」について話している時は、控えるべきだ。会話の流れとして。
  • 自販機で購入した熱いコーヒーは、休憩室の冷蔵庫に入れないこと。冷蔵庫を開けた際に、蓋が無い紙コップ(ほかほかと湯気が立っている)が鎮座していると怖い。冷たいコーヒーが飲みたい場合には、「アイス」か「つめた~い」を選択すればいい。氷は好みで。
  • ゆとり世代」批判は、仕事中は控えてください。
  • 「女子社員は『コンビニ・スイーツの最新情報』で喜ぶ」といった豆知識を、女子社員に言ってしまう。その後、「そんな不器用な俺って…」みたいな話を、僕にする。仕方がないから「実は僕も不器用でしてね。例えば」と不器用自慢大会を始めてしまった。
  • 右脳左脳、猫派犬派、といった業務には関わりのないカテゴリで対人関係の基本を築こうとしていて、なんというか、困る。僕は「両脳・猫派・本当はAB型」とのこと。
  • 仕事で知り合った人について、Googleを駆使して情報収集しないでほしい。「業務時間中は駄目」と伝えたところ、昼休みと退勤前に行うようになった。「仕事用の端末では駄目」と説明したら「ははぁ。なるほどー」という反応。
  • 取引のある廃品回収業者を「メンタル面で問題を抱えた人達の終着点」と捉えている様子。彼らは高度なレアメタル回収技術を持つ、たぶん僕達よりも高い給料を得ている専門家なのだと説明したが「ははぁ。なるほどねぇ」と、変な納得をされてしまった。
  • 帰る前に、キーボードの上にマウスを置く。「カンサイ系の大学文化なんですよ」と彼は言う。そうかカンサイならば仕方がない、と思うが(本当は思わない)、では彼が学業を修めたのが関西かというと、そうでもないところが素敵だと思う。

 

僕としては「この仕事に就いて半年近い。学んだことも多い。誰かに伝える役割なんてできるのだろうか。荷が重いが、自分にとっても、理解を深める良い機会となるだろう」と意気込んでいたのに、いきなり「社会人としての基礎マナー講座」になってしまった訳で、要は疲れるのだ。こういう疲労は、慣れない。

他人に仕事を教える事は嫌いではない。向いている、とも思う。パートさんが反乱を起こした無政府状態の職場に「火消し」に出向いたこともあるし、薬事法がらみのマニュアルを外国人に身振り手振りで伝えたこともある。それぞれ困難だったが、理性と知識を拠り所に頑張ってきた。
ただ「これは『仕事』じゃないよなあ」と思ってしまうと、どうにも疲れてしまう。それに彼が入社したのは、僕と同じ日なのだ。
「先回りして注意」が難しい類の問題ばかり発生させる、そしてそれを言いづらいキャラクターだから、疲れてしまうのだと思う。
ふと「それでは、以前の職場の担当者は何をしていたのか?」と調べてみたところ、「体調不良により3ヶ月の病休中」と聞いた。「Wow!マジかよ」と思った。
そして明日もまた、教育は続く。一般常識を教えるだけで給与が発生するのだから、ある意味では楽なのだけれど。でもきっと明日も「Wow!そいつはゴキゲンだな!」って思うのだろう。