赤色灯が前のひと

ずいぶん日が高くなった。といっても少し残業をすると、やっぱり帰宅時には暗い。
特に堤防上の道は、ガードレールも街灯も無くて、ちょっと怖い。ランナーやサイクリストの多くは河川敷の遊歩道(?)を使うけれど、中高生などの自転車が稀に走っている。無灯火の場合は、唐突に姿が現れるから、びっくりする。

 

今日は「赤色灯を前に向け、白色灯を後ろ側に装着した自転車」に遭遇した。
数年前から「そういう人がいる」とは聞いていたが、実際に目にするのは初めて。
これは本当に怖い。
車を運転中に、速度感とかけ離れた勢いで自転車が近寄ってくるのだ。赤いライトが見えたので減速したのに、ぐんぐん距離が縮まる。驚いているうちにすれ違い、そしてバックミラーには遠ざかる白い灯りが見える。
トリックアート的な、でもうっかり慌てて誤操作をしてしまいそうな、そういう意味では笑い事では済まされない、そんな遭遇。

 

しかし、どういう人がわざわざ赤色灯を前に向けるのだろう。
ライトを2種類購入し、電池を入れ、その上で前後を逆にする。「そのほうが見えやすい」という理由では無いだろう。
もしかしてヤンキー的な価値観の人にとっては、この「灯火を前後逆にする」ことが、格好良い事とされているのかもしれない。「従順に交通ルールを守るなんて俺にはできない。なぜならば、俺は野に放たれた野獣(Beast)だから」みたいなポリシーの表出として、ライトの前後を変える。
そんな事があるのだろうか。過剰に光らせるか、完全に無灯火こそ、伝統的なヤンキー流儀だと僕には思える。というか、ヤンキーさんはクロスバイク風ママチャリに乗るのだろうか。

追い越した際にちらりと見えた相手は、なんというか「40代になってもモノ・マガジンを愛読していそうな」おっさんだった。お洒落なのだろうが、グッズとデバイスを揃え過ぎて失笑を買っていそうな人。
まあ、おっさんでもヤンキーな人は多いだろうし、あるいはストリートカルチャー近辺で「ライトは前後逆」という流行があるのかもしれない。

この件、本当によくわからない。
ただ迷惑だと思うし、有り体に言って馬鹿みたいだと思う。全国で散発しているというのは、どういう事なのだろう。いつか調べてみたいところ。

 

 

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馬鹿みたい、といえば商店街のお寺に、新しい看板があった。

こういうものは、すぐに風化する(この日記を書いた時点(2015年2月24日)で、もはや過去の遺物めいている)。古刹とまではいかないものの由緒ある寺なのだから、そしてこの種のアピールで生じる親近感や興味には意味が(ほとんど)無いのだから、やっぱり馬鹿みたいだと思う。「衰退する地方の断末魔」っぽさは味わい深いと思うのだけれど。
それと日蓮聖人はあちこち立ち寄り過ぎだと思う。日蓮宗のちょっと古い寺は、ほぼ制覇しているのではないか。