ロッカーの異臭と、流れ続ける水の音。

隣の部署の人が、先々週の終わりに辞めた。更衣室では右隣のロッカーを使っていて、何度か挨拶をした記憶がある。
ロッカーは解錠されたまま、そのままになっている。すぐに新しい人が入るので、鍵だけを預かった総務部の人が、中のチェックを年明けに行うつもりだったらしい。

ところで最近、更衣室が、なにやら臭い。メントールのような匂いがする。気になるが、例えば湿布や塗り薬を使っている人が隣にいる程度の匂いだから、特に対策や原因究明はしていなかった。出勤時も退勤時も、それほど時間に余裕がある訳ではないのだ。自分だって湿布を使っているし、「まあそんなものかな」程度に考えていた。
実際、そのロッカーが異臭の元とは、全然思っていなかった。

今日は空調設備のチェックで、更衣室の室温を限界まで上げた。
すると、その匂いが、かなりしっかりと漂ってくる。設備担当の人達から「君のロッカー周辺から異臭がする。立ち会いのうえ中身を検めさせてほしい」と連絡が来た。

特に私物を貯めこんでいるわけではないし、隠すことも無いからロッカーの中を見せた。もちろん異臭の元は無い。左隣の人も呼ばれて、中を確認させられていた。

色々と調べても、このメントール臭の出処が見つからない。
空のはずだけれど、念の為というわけで、右隣のロッカー(辞めた人が使っていた場所)を開けることになった。

目がちかちかするくらいに、メントールの匂いが広がった。
ぱっと見た限りは、ただの空のロッカー。ハンガーが数本だけ、残されている。
しかし扉の内側には、びっしりと隙間無く、湿布が貼ってあった。使用済みの湿布を肌から剥がして、毎日貼り続けていたのではないか、と推理されたが、真相はわからない。彼のことをよく知る人達も招集されたが、「仕事中に湿布を貼っていた」というエピソードだけが新たに判っただけで、それ以外は謎のまま。

特におかしなところは無い、腰痛持ちの、言葉遣いの丁寧な中年男性だった。服装だって小奇麗で、新人で戸惑い疲れている僕に、何度もねぎらいの言葉をかけてくれた。

あの人がなぜ、何を思って、使用済み湿布を扉の裏側に貼り続けていったのだろう。この種の小さな狂気は、たぶん突き詰めて考えても答えは出ないのだけれど、でも考えてしまう。サイコ・スリラー作品に出てくる「サイダー瓶の製造番号を全て記録している人」や、「素数の日には魚料理を食べると決めている人」を、つい連想してしまった。

しかしこの状況、「ジョジョの奇妙な冒険」ならば、もはや「このロッカーは極めて異常!!なんだかわからないがヤバい!!! もう“敵”の攻撃は始まっているッ!!! 全員、扉から離れろォーッ!!!」という感じである。僕なんかたぶん、第一の犠牲者になる。真紅のロマンホラーである。

 

 

小さな狂気といえば、シンクの蛇口を全開にして、水をじゃばじゃばと流す人が同じ部署にいる。僕の今の同僚。誰かがいない時だけ、水を無駄遣いする。

仕事を教わっている“弟子”の身分である僕は、この“誰か”にカウントされないらしく、よく2人だけで仕事をしている時に、じゃばじゃばじゃばじゃばと水音だけが部屋に響く。

何度か理由を聞いた。
僕が理解していないだけで、現場の工夫的な何かで、排水路にきれいな水を流す安全上あるいは環境上の必要があるのかもしれない。そうだとしたら、僕も理解し、倣うべきだ。会社への経済的復讐を実行中という可能性も、無いわけではない。
しかしいつも、曖昧な答え(んー?まあ、気分だよ、気分)が返ってくるばかり。たまに他部署の人に見つかって、注意されても、聞こえないふりをしている。

最近は、この行動は、彼の秘められた(秘めてないけど)小さな狂気であると、わかってきた。なにしろ意味不明だから、他の人も注意し辛いのだろう。

わかってきたから、じゃあ平気かというと、全くそうではない。
例えば新幹線に乗っていて、前の席からアメリカ大統領と造物主への呪詛の言葉が延々と聞こえたら、やっぱり気になるだろう。「実害は無いし、ただの小さな狂気だから、この件に関してはスルーします。僕は造物主でもバラク・オバマ氏でもないからね」なんて風には思えないのが人情だろう。

小さな隠された狂気は、もっと控えめに、例えば自宅に帰ってから鍵のかかる部屋で発露して欲しい。少なくとも職場は、JR中央線とは違うのだ。
ところで今も、中央線には変な人が多いのか。昔は本当に多かった。

じゃばじゃばじゃばじゃば、今日もうるさかった。騒音の問題ではなく、大袈裟に言うと、神経が磨り減る。
環境のことを考えると、水の無駄遣いは止めるべきだ。もちろん僕の精神衛生も大切だ。そろそろ遠慮がいらない関係(職務上も会社組織上も)になってきたから、次からは何も知らないふりをして、イノセントな瞳で、きゅっと水道を止めようと思う。どんな反応をするか、やや怖い。しかし、延々と流れ続ける水音を聞いていると、いつか僕まで同じ行動をしそうで、そのほうが怖い。

ちなみに1つの部屋にシンクが4つあり、蛇口は6つもある。同じつくりの部屋が、もう1つある。つまり、本来の業務を放り出して、2人で「蛇口開放」と「蛇口閉止」を延々と競うこともできる。こういうのを、神経戦というのだろうか。それこそ、「ジョジョの奇妙な冒険」みたいだ。

 

『ジョジョの奇妙な冒険』で英語を学ぶッ!

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