天冥の標(31分)


色々あったけれど、ようやく一週間が終わった。何もかもが取り散らかった感を残したまま、仕事は来週へと放り出す。

 

天冥の標VIII  ジャイアント・アーク PART2 (ハヤカワ文庫 JA オ 6-23)

今日は待ちに待った「天冥の標VIII:ジャイアントアーク PART2」の発売日。
天冥の標シリーズは、本当に面白い。長期シリーズ、しかもSF小説を、ここまで愛読するなんて僕にとっては珍しい。今が8章で、10章で完結するという。「天冥の標VIII:ジャイアントアーク PART1」は、かなり謎と伏線と期待を残した場面で終わっていたから、否が応でも続刊が気になる。

だから仕事帰りに、書店に寄った。かなり疲労していたし、夜も遅かったけれど、頑張って発売日に手に入れておきたい気分だった。辛く苦しい労働の1週間の、心の杖だったのだ。

ベストセラーの新刊だから、すぐに見つかると思った。しかし「ハヤカワ文庫」の棚には無い。念のために他の平積みコーナーも確認したが、無い。さらに在庫検索端末で調べたところ、「在庫有り」となっていた。

店員に相談してみる。
見るからに新人の店員さんが対応してくれた。律儀に検索し、棚を調べ、「これが近いと思うのですが」と、既刊を持ってきてくれる。「近いって君ね、僕が欲しいのは今日が発売日の最新刊であって、同じ作家の『天冥の標V 羊と猿と百掬の銀河』を買うわけにはいかないよ。小説なのだから、その辺りは妥協できない」とは、言えない。ものすごく真剣な人なのだ。真剣に在庫を検索し、遠く離れた「ハヤカワ文庫」の棚まで往復する。
これじゃ埒が明かない、ということで、スマートフォンAmazonのアプリを使い、「このISBNの品です。表紙はこんな感じ」と説明した。
そこからまた、長い検索の時間が始まる。今までは何を元に検索をしていたのかはわからないけれど(検索機から出てきたレシートみたいな“お取り寄せ票”は、最初に渡してある)また新刊コーナーとレジの往復が始まった。

何しろレジの近くだから、待っていると手持ち無沙汰なのだ。手帳と、年賀状の画像集と、パワーストーンのキーホルダーと、ディズニーのポストカードしか、見るものが無い。

15分が過ぎたあたりで、新人店員から中堅アルバイトっぽい店員が、この探索業務が引き継いだ。
この青年店員、たまに見かけるが、ちょっと頼りない。よく小言を言われて、変な反論をしている。しかし「すいません。別の人でお願いします」とは言えない。それは僕の決めることでは無い。

案の定というべきだろう、この青年店員もまた、「天冥の標」の最新刊を見つけ出すことができなかった。レジのパソコンで検索をして、「おっかしいなあ」とか「誰が棚に入れたの?ヤマグチさん?あの人の仕事かあ。まったくもう」とか、ぶつぶつ言っている。「俺はこの(在庫管理)システム、あんまり評価しないんだよね」なんて新人店員に言っている場合じゃないと思うのだが。
そして棚をまた確認し、バックヤードを見て、それらしき本(もちろん、『天冥の標』の2巻や7巻だ)を持ってくる。「小川一水さんの著書ですと、これもそうですね。これで、いいですか?」とか言う。なんで「天冥の標VIII:ジャイアントアーク PART2」を欲しがっている客に、「トネイロ会の非殺人事件」を買わせようとするのかAmazonの「あなたへのおすすめ」か。
それにしても、どれだけ広大なバックヤードなのだろう、何度も出入りし、プリントアウトした紙を床に並べ、よくわからない指差呼称を始めて、またパソコンに向かう。

まあ、気持ちはよくわかる。在庫管理システムには「在庫あり」とあって、しかし現物は何処にも無いのだ。コンピュータによる物品管理なら、僕も仕事で苦労させられた。実に危機的な状況といえる。
実のところ、書店では何度か、同じような目にあった。新刊の場合、他の本の下に積まれている事がある。客である僕がそれを見つけた事もあった。今日はその可能性を疑い、自分でもよく探してみたが、やっぱり見つからなかった。

 

ずいぶん待った。
普段は立ち読みをしない。でも今日はさすがに雑誌を少し読んだ。数ヶ月ぶりにku:nelを読み、“自然-こだわりのある生活カルチャー”の緩やかな変化を感じたり、ロッキン・オンで懐かしい気持ちになってみたりと、それはそれで新鮮な体験(無料)だった。
かなり疲れていたのだと思う。本来ならば、この辺りで、切り上げて帰宅すべきだった。どうせ購入が今日でも明日でも、きちんと読めるのは明日以降なのだから。

そして、レジに問い合わせてから31分後に、「すいません。店にはあるようですが、現物が見つかりません。よろしかったら問屋からのお取り寄せをします。こちらの用紙にご記入ください。到着はたぶん、月曜日以降です」と言われてしまった。もちろん注文しない。
31分という数字は、検索機から出力された紙に、印刷してあった時刻から計算した。

 

 

そうして、疲れ果てて、何も得るものも無く、帰宅した。
家族には「残業が長引いた」と伝えた。
ずいぶん不毛な31分だった。店員さん2名も、そして僕も消耗した。

しかしあの書店に入荷した「天冥の標VIII:ジャイアントアーク PART2」は、いったい何処に行ってしまったのだろう。


明日も同じ書店に行く。近所にある、ある程度の規模がある店としては、他に選択肢が無いのだから仕方がない(静岡市の中心街に行くのは、ちょっと面倒くさい。雨も降るらしい)。1000円相当のポイントも溜まっている。愛着とまではいかないが、気に入っている店。この程度の仕打で、見捨てる訳にはいかない。