テクニシャン

勤務先に、「テクニシャン」と呼ばれる人達がいる。
理系の大学で専門教育を受け、研究に必要な機器や設備が操作できて、研究者との情報交換が円滑に行える能力がある。ただし、彼ら自身は、研究の主体とはならない。病院でいうところの「技師」が近いのだろうか。
身分はパートタイマー、あるいは契約社員。ごく少数の、派遣社員もいる。女性が多い。
実験器具を洗ったり消耗品の在庫をチェックするようなサポート役から、研究員から専門的な相談を受けるような人まで、同じテクニシャンといっても千差万別。職場では、研究者とは違った形での尊敬を受けている(ように見えるし、僕はそう思う)。

制度としては、このテクニシャンから正社員への登用もある。でもこの5年で正社員になった人はいない。面接や筆記試験を受ける人は少なくないらしいが、おおむね“形だけ”の制度のようだ。

今日はその正社員登用制度に、5年ぶりに合格した人の挨拶があった。
なにしろ久しぶりの事だから、少し前から、かなり話題には上がっていた。「あの人がいないと、仕事が進まない」と評価する人も、逆に「知識や技術を他人に伝えない(それは正社員になるための布石だったのではないか)」と言う人もいる。僕にはよくわからないけれど、たぶん「いきなり辞められては困る人」なのだと思う。

その挨拶が、なかなか凄かった。
「このたび、正社員になりました〇〇です。推薦して下さった上司には感謝しています(略)これからは今まで以上の仕事が求められるわけで、光栄ではありますが緊張もしています…」
ここまでは良い。特に変な事は言っていない。この後の、締めの言葉が変だった。
「…これで私も、勝ち組になったわけです。今まで挑戦し、不採用となった沢山の非正規雇用の皆さんの為にも、頑張っていきます。彼ら彼女らの犠牲があっての自分、だと思っています。もちろん非正規の皆さんとも、今まで以上に楽しく接していきたいです。気持ちは今も、テクニシャンです。では、今後ともよろしくお願いします」
込み入った形式の、皮肉かと思った。
しかしブラック・ジョークにしては面白くないし、なんとなく差別的な何かも感じ取れる。
管理職の人達は、「あれっ?」という顔をしていた。
隣の席の主任は、目を瞑って、うんうんと頷いていたけれど、この人は挨拶とかスピーチの類には、基本的に同じ姿勢と動きをするから、あてにならない。
多くの人は、たぶんきちんと聞いていない。こっそり書類やメールを読んでいる人も多い。
それに、上司や同僚になるわけではないのだ。仕事はたぶん、今までとほとんど変わらない。待遇が変わるだけ。まあ、他人事である。
とにかく、挨拶が終わってから、皆で拍手をした。何であれ拍手をするのが、社内文化なのだ。

しかしなあ、と今も思う。「勝ち組」なんて言葉、仕事中に聞いたのは初めてかもしれない。どうにも、足を踏み鳴らす局面だったような気がしてならないのだ。「舞い上がって、つい変な事を口走った」のだろうか。
どんな理由であれ失言だと思う。身近な人から発せられた、差別的な失言は、そのターゲットが自分自身ではなくとも、とても嫌な感じがする。実際にこの「正社員」さんと仕事をするのは週に1回程度だが、それでも赤の他人ではないのだ。明日から、余計なことを考えてしまいそう。

ところで、テクニシャンの人達は、どう思ったのだろう。気になるが、まだ「率直なところ、どう思った?」と聞ける程に親しい人がいない。

そんなもやもやっとした何かが残る、そういう意味では印象的な挨拶だった。世界は多様性に満ちていて、日々それぞれに発見がある。

 

 

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