カボチャを食べよ

仕事中に「この職場に来てから、身体の不調があるか?」と聞かれたため、「肩こりが酷いです」と答えたところ、「カボチャを食べなさい」と言われた。
なんでも、肩こりは身体の“冷え”が原因であり、体温を上げるためには寒い土地の産物を食べるべきだ、という事らしい。昔の人は偉かった、冬至にカボチャを食べるのは理に適った生活の知恵である、とも言っていた。

ちょっとそれは、珍説というか似非科学ではないだろうか。マクロビオティック的な胡散臭さがある。
いつからカボチャが「寒い土地の、あるいは冬の野菜」になったのだろう。カボチャといえば夏や秋に収穫するもので、野菜にしては日持ちがするから(日本では)冬にも食べるというだけだと思う。そもそも、「冬至にカボチャ」は明治以降の習慣と本で読んだ。

そもそも食べたもので体温がそんなに変わるものだろうか。その“冷え”が本当だとして、それが実際に肩こりの原因になるのか。疑問は尽きない。

この問題、調べるのはそれなりに簡単で、しかもいわゆる「それが本当ならば、ノーベル整形外科学賞」である。
たぶんカボチャのイメージに囚われてるだけじゃないかなあ、と僕は思う。残念だが、僕はカボチャに関しての確固としたイメージを持たないから、たぶん効かない。

 

というか、仕事中の会話なのだから、「そうか。それは安全衛生の観点から好ましくない。何らかの対策を考えよう」みたいな方向に持っていくべき類の話なのだ。少なくとも「健康管理推進委員」からの質問ならば、そう思ってしまう。

先週は「残業が続くと、さすがに疲れますね」と言ったら「疲れにはブドウ糖」と言われてしまった。現代日本に、ブドウ糖不足で疲労を感じている労働者がどれだけいるのだろう。それに、ブドウ糖を補給して回復を実感するような極限状態ならば、それはそれで怖いような気がする。

しかしもちろん、こういう時に、上記のような理屈を語っては角が立つ。「それは率直に言って間違い、あるいは嘘ですね。カボチャの形而上学的な側面を栄養学と医学に当てはめるのは感心しません」なんて台詞は、少なくとも入社2ヶ月目の人間には言えない。もちろん明日、「昨日、カボチャを食べてみましたが、肩こりは解消しませんでした」なんて言ってはいけない。
僕としては「なるほどー。ありがとうございます」と言うだけである。健康法は現代日本人の宗教のようなもので、無闇に否定してはならない。僕個人としては、あまり仕事の場に持ち込んで欲しくはないのだけれど、目くじらを立てる程でもない。「なるほど」は便利な言葉だ。

 

ところで今日は、総務部から「社内報に載せたいから、TwitterFacebookmixi、その他のSNS、あるいはブログのアドレスを教えてくれ」というメールが来た。全社的、というのはつまり、日本全国の全社員に配る社内報に掲載したいのだという。
とりあえず「すいません。そういうの苦手で。ブログもTwitterもやっていません」と返信した。これは会社への背信にあたるのだろうか。正直に「教えるつもりは無いです」と答えたほうが良かったのだろうか。
さすがに「全然やっていない」のは、ちょっとリアルじゃない気がする。でもほら、不特定多数に開かれた日記でも、できれば読んでほしくない相手っているじゃないですか。例えば、カボチャとブドウ糖の人とか。

 

 

なぜ人はニセ科学を信じるのか〈1〉奇妙な論理が蔓延するとき (ハヤカワ文庫NF)

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