クリスピー・クリーム・ドーナツと、10年後の自分への手紙。

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クリスピー・クリーム・ドーナツにてコーヒーとドーナツを食べた。今日はチョコレートドーナツと、チーズクリーム入りのドーナツ。どちらもそれなりに美味しい。読書も進む。

 

コーヒーとドーナツと読書の素敵なひとときだったが、ちょっと気になる声が聞こえてきた。騒がしい一団が、隣のテーブルに陣取ったのだ。

たぶん転職か就職活動に関係した、自己啓発セミナーっぽい会合の帰りの、親睦を兼ねてのお茶会なのだと推測する。前向きな(いささか前のめりにも思える)意識の高い会話をする若者達。意識は高いかもしれないが、いささか声が大きい。

その騒がしくて前向きな人達が「そうだ、10年後の自分に手紙を書こうよ」と言い出したのだ。
狭量と言われるのを承知で書くが、正直言って「おい止めてくれよ」と思った。ドーナツ・ショップにおいては、そういうウエットで非クリスプな活動は慎むべきだと思う。甘い揚げ菓子を食べて、それなりの味のコーヒーを飲み、無駄話をする為の場所であって「10年後の俺へ。元気にやってるかい?俺のことだから失敗もするだろうが、心配はしていないよ。それより…」みたいな文章を真面目に音読してはいけない、僕はそう思う。
しかしもちろん、彼らを止める訳にはいかない。ドーナツ・ショップは戦うにも相応しくない。だから文庫本を閉じて、残ったコーヒーを飲み干して、店を後にした。

ミスタードーナツは幾分、クリスピー・クリーム・ドーナツに比べて湿っぽい話が似合うと思う。土着性、演歌性、どん詰まり感、そんなものが(特に深夜には)ミスタードーナツには感じられる。でも基本的に、ドーナツ・ショップは「明るい自堕落」を楽しむべき場所であってほしいし、9割方はそういう雰囲気がある。
他のお店、例えば「はらドーナッツ」はドーナツ好きがドーナツを無心になって食べる場所であるから、何の心配もせずにドーナツを楽しめる(静岡市からの撤退が惜しまれる)。

 

ともあれ、たまに食べるとクリスピー・クリーム・ドーナツも美味しい。イースト発酵のドーナツはそれほど好きではないから日常の選択肢には入らないけれども、これはこれで良い。イースト発酵のドーナツでいちばん美味しかったのは三重県四日市市の「radi cafe apartment」の品で、今でもあの口溶けの良さは印象に残っている。逸品といって良いと思う。
クリスピー・クリーム・ドーナツは、もう少し頑張って、過剰にアメリカナイズされた品を提供して欲しい。「ヘビーシュガー&エクストラファッジ・ドーナツ」みたいな非日常感が欲しいところ。そういう品がアメリカにあるのかは知らないけれど、僕の心の中のアメリカには存在する。

 

 

 

今日はたまたま、このエッセイを鞄に入れていた。年に1回は読み返す、個人的なお気に入り。アメリカの郵便局では、ドーナツを貰える日があるとのこと。

ドーナッツをくれる郵便局と消えゆくダイナー (朝日文庫)