面談そして面談

 
今日は面談の日。勤め先の偉い人達と面接をする。
数日後に職場を去る身としては全く必要無いと思うのだが(本当は今日は引き継ぎをしたい)、とにかく年中行事のカレンダーで決まっているから「いちおう形だけ流しておいで」と送り出された。
しかし「いちおう形だけ」というのが全くそぐわない、とてもとてもハードな一日だった。「流す」なんて無理だった。



長い待機時間がある。後で聞いた話によると、慣れた人は本や携帯電話を持ち込むらしい。
しかし僕はただひたすら会議室で座って待つ。「こんな事をしていたら、明日は忙しいだろうなあ」と思いながら待つ。



面談は、普通の1対多人数の面接もあったし、1対1のものもある。知っている上司もいれば、明らかに他所の部署の人もいる。被面接者が1人というところだけ変わらない。
内容も様々。ただの「仕事中に感じたこと」や「個人的な意見」を話すだけの時もある。就職面接のような、自己紹介もある。ほとんど面接担当者のお話を聞くだけ、という時もあった。



就職活動でいうところの「圧迫面接」もあった。これは生まれて初めての経験で、わりと面食らった。
言葉使いが厳しい、というより汚いだけなのだが、それだけで相手の意図が掴みづらくなるのだから凄い。一瞬、頭が真っ白になる。
内容自体は回答不可能では無かった。しかし今でも「いくら面談でも、あれは禁じ手ではないか」と思っている。どのような目論見であっても、相手を怯えさせて反応を見るというのは社会性に欠けた行為ではないか。



それから「10人のチームがある。あなたはチームリーダーだ。5人が怠け者で、残りは働き過ぎ。5人を辞めさせるとしたら、どう選ぶ?」といった、ビジネススクール風の問いかけもある。
「この使いかけの鉛筆、これを500円で売りたい。君ならどうする?」という難題もある。
僕は(少なくとも今の職場では)良き歯車であることを望まれ、そして自分でもそうあろうとしているつもり。いきなりトップビジネスマン的視点を問われても困ってしまう。
でもきっと、こういう視点の出来る歯車というのが、企業には求められているのだろう。高い歯車になりそうだが、それはともかくとして。
困ったなりに考え、とりあえず答える。答えるたびに「ちょっと捻りすぎ」という評価をいただく。「知ったことか」と思うけれど、もちろん言わない。そして別のアイデアを再提案する。



長い待機時間と、ずいぶんと厳しい面談の繰り返し、冷水と熱湯に交互に入るようなもので、いかにも健康に悪そう。
同じ賃金が発生するのならば、適温かぬるま湯が望ましい。



これらは全て、教育の一環らしい。面談スタッフには外部の専門業者も加わっているという。あくまで教育なので、管理職以下ならば受け答えの内容は評価には影響しない。
後から聞いた話では「何を答えても大丈夫。しかし馬鹿な受け答えをしていると、面談は長引く」という。
昼休み、面談を受ける側は、誰もがぐったりしていた。泣いている人までいた。特に中間管理職クラスの人達は、僕達のスケジュールのやりくりもする必要があるし、加えてこの面談が職務評価にも繋がるから大変そうだった。
面談を行う側の人達は、年に1回のこのイベントこそ、この会社の活力と創造性をもたらす原動力と考えている、あるいは「改善活動発表会」のような好ましい年中行事として捉えていると聞いた。
面談の合間に聞いた話では、この「面談の日」に呼ばれた偉い人達は、地元名産品であるウナギを食べる事も慣習らしい。しかし今年からは「希少生物を食べるのは如何なものか」という事で、普通の和風お弁当になった。



今までの経験上、古くてオンリーワンの製品で成長してきた企業に、奇妙な企業文化が多い気がする(愛知県と大阪府の製造業は不思議な風習が多いという偏見を持っている)。
しかし製造業で「徹底的に個人面談を行いメンバーの成長を図る」というのは初めて。他に似た話も聞かない。
とりあえず今週は、皆で人員をやりくりしつつ、倉庫のパートさんから課長まで、会社のピラミッドの下の人達全員が、この「面談」を受ける。ちなみに下請け業者の人達も受ける。
ペーパーテストや手書きの感想文が無かっただけ良しとしよう。とにかく大変な一日だった。








知らない間に、村上春樹氏の翻訳本が並んでいた。恋愛小説のアンソロジー。村上春樹氏自身の短編小説が1つ入っている。
買いたいところだが、とりあえず我慢。今は他に読む本が溜まっている。
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