別れの予感が嘘だった場合には

一時期はずいぶん不調になって、もう折れたパーツもあるし駄目だろうと諦めていたプリンタ「EPSON PX-G920」が絶好調である。
既に次に使うプリンタは購入してあり、段ボール箱の中で待機している。インクは、各色とも1回の交換ができる。
この残りのインクで年賀状印刷をしようという心積りで、ただいまイラストを描いている。明日には完成するだろう。その間、片手間にショップカードなどを印刷していたところ、全く問題無く動作していた。

つい先日までは、駆動音に切なげな異音が混ざり、まるで別れの言葉を聞いているようだった。分解しても清掃しても上手く動かなかった。あれは一体、何だったのか。

機械全般で「手放すことを意識しはじめると、とたんに壊れはじめる」という真偽不明の法則を聞いたことがあるし、実際そんな巡り合わせはたくさん経験している。
しかしこのPX-G920に関しては、それはあてはまらないようだ。

年末の大掃除で、後継機では使えない紙(名刺サイズの非プリンタ用途のもの)がたくさん見つかった。とりあえずこの紙で、ショップカードかフライヤーを作ってみる。絶好調なら仕方がない、最後まで丁寧に使い切るだけのことだ。
それにしても、先週までの感傷的な(異音と送紙ミスとエラーコードに満ちた)プリンタ・ライフは無駄だったのだろうか。
今はただ拍子抜けしていて、実際のところ「まあいいか」としか考えられない。インクジェットプリンタは好きな機械だけれど、深く考えても碌なことにならないのは経験則として身についている。幸福なデジタル生活のためには、インクジェットプリンタについて思いつめてはならないのだ。いずれ別れは必ず来るとしても。

 

 

 

今日は漫画を1冊、文庫本を1冊購入した。まだ読んでいない。

 

 

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