茶粥を食べた

奈良県のお土産、レトルトパック入りの茶粥が親戚の家に放置されていて、誰も食べないので貰ってきた。というか、その親戚が長期入院することになって、家をいったん空にすることになって、両親がその片付けに駆り出されたのだった。

 

今から書くことは、あるいは失礼かもしれない。
しかし日記として、他に書くことも無いのだ。だから記録し、公開する。個人的な意見として。

 

茶粥というのは、レトルトで食べるものではない。断じて、無い。
数あるお粥のなかでも、適当に温めて忙しい昼食*1に供するレトルト食品にしてはならない品の筆頭ではないか。

これは心持ちの問題である。
あるいは奈良の山奥で、静かな禅寺で一晩の宿を借りた朝に若き修行僧からいただいたら、このレトルトパック茶粥もまた特別な滋味を感じられたのかもしれない。刻んだ漬物と少しの味噌だけで、ああ有難いと自然に手が合わさったかもしれない。

しかし残念ながら、今日のそれはそれほど幸福な出会いではなかった。というか、冷蔵庫にあるものでおかずが作りづらい主食だった点で、既に“失敗”だった気がする。


茶粥については、粉みたいなほうじ茶の“だしパック”的なものがあったはずだ。あれで作ると、簡単に本格的なものが完成する。

 

 

今回の話には関係無いけれども、前の勤め先で知り合った年若き友人は、和歌山への旅行でこの茶粥に出会って「マヨネーズをかけたら美味しくなった」と写真付きで説明してくれた。ホテルの朝食ビュッフェでパンが品切れ状態だったとのこと。
「わたしは基本的に好き嫌いが無いから。特にお米を残す人は許せない」とも言っていた。
なんであれ、その一椀を美味しく工夫する、その心こそ仏への道であろう。彼女はマヨネーズの奥に仏道を啓いたのだ。
合掌。

 

京都宇治 茶がゆ 250g×12個

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井上商店 津和野のざら茶粥 250g×20個

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お題「今日の出来事」

 

*1:昼休みに帰宅し、『あるもので適当に済ませる』スタンスで自炊し喫食しそして職場に戻るパターンが最近は多い。今日もその日だった。

静岡手創り市 2018 春

春と秋に開催されるクラフトイベント、静岡手創り市に行ってきた。
静岡市護国神社の境内。一昨日の雨でまだ少しぬかるんでいて、風は冷たく、しかし全体としてはとても快適な天気だった。
ちなみに駐車場は無く、周囲の道も混雑するので、自分は最寄り駅から数駅離れたあたりの有料駐車場から自転車で訪れる。自転車では大きなものは買えないけれど、焼き物や家具は買わないから別にかまわない。最近はカード決済と後日の配送を受け付けてくれる作家さんも多い。

今年は小さな木の玩具だけ購入。友人のお子さんへの贈り物にする。
革の作品などで気になるものがいくつかあった。
しかし革ならば自分でなんとかできそうな気がして、購入を決意できない。たぶん自分が作れば完成度は50%以下だろう。時間だってかかる。でも、それでも欲しいのならば自分で作ろうじゃないか、そう考えてしまうのだ。そうやって「欲しいもの(しかし自作したいもの)」リストが増える昨今である。


この種のイベントで「自分でも作りたいので写真だけ撮らせてくださいー」と軽々しく声をかける人に何回も遭遇している。*1
僕はそこまで厚かましくはなれない。
せいぜい脳に映像を焼き付けて、後でメモに書き出すだけ。とはいえ、これがまるで思い出せなくて困ってしまう。たいてい、設計の肝となる部分が記憶から消えている。どう作ればいいのだろう、とメモの手が止まる。見ていた時はその部位こそ感心していたのに。

 

 

しかしメモが楽になった時代ではある。
デジタルな記録ならば整理も保存も簡単。昔はアイデアメモがどこかに消えるなんて日常だったし、そもそもメモを残す手間が面倒だった。
僕としては、車での移動中に思いついたことを残せれば、もはや携帯通信デバイスに求めることはほとんど無い(少なくとも思いつかない)。ボイスメモは自分の声が聞こえるから嫌で、文字入力は運転中は無理。
音声入力は便利だけれど、音楽を聴いている時は上手くいかない。そもそもGoogleの何かのサービス(よく把握していない)に残るだけで、後からの活用が意外と面倒なのだ。
便利だけれどあと一歩、と思い続けて数十年生きている気もするのだが。

 

おやつは山の奥にある喫茶店に行った。店名は忘れた。
コーヒーは美味しかった。ロブスタ種の濃い味が好みに合う。ケーキはまあ、普通。上に乗った金柑のコンポートに負けている。
それ以外は、おおむね順調な1日だったといえる。後は寝るだけ。

 

 

*1:大抵の作家さんは応じてくれるけれど、苦笑交じりか、後で隣のブースの人と嘆いている。

昼も夜もスパゲティ

https://www.instagram.com/p/BhRLPu6hfOS/

 

お昼に美味しいスパゲティを食べた。
いつものALLEE RESTAURANTのランチメニュー。
「鶏むね肉とフレッシュトマト フェンネル風味のスパゲッティ」を選んだのだが、これがもうとびきり美味しくて、それでは夜もパスタにしようと挑んだのだった。
鶏肉は柔らか、トマトの火加減、フェンネルの風味も素晴らしい。そういう部分は真似できないだろうから、塩豚とアスパラガス(先週から庭に生えてきた)のシンプルなスパゲティにする。真似するのは、茹で加減。ALLEE RESTAURANTのそれはしっかり歯ごたえがあるのに全体はしなやかなのだ。

自分としては、かなり“勇気”を持って早めに引き上げた。よく「針先ほどの芯がある状態」とされるが、その条件は満たしていたと思う。正規分布のトンガリに近い芯の太さだったはずだ。
でも、それでも店のあの食感からは遠い。ただ単に固めの茹で加減となっただけだった。

スパゲティなんて、学生の独り暮らしの時から延々と作り続けているのだけれど、良いお店で食べるものにはまるでかなわない。
不思議なものだと思う。だってプロも自分も、お湯から引き上げる時間は数十秒と変わらない筈なのだ。パッケージ記載の時間より少し前の、その数十秒からランダムに「プロの仕上がり」を引き当てることだってあってもよさそうなものなのに。

鍋の大きさ(お湯の量)や、その後の処理・調理だって違うのだが、それにしてもこんなに違うのは面白い。
たぶん老舗洋食屋のオムレツみたいなものなのだろう。


ところで今日は、映画「ウインストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」を観た。大変面白く、最初から最後まで飽きさせない良い映画。ただしこの妙にわかりやすい邦題はいただけない。「チャーチル」や原題の「Darkest Hour」とポスターでどんな時代の誰の物語かわからないようならば、予習が必要になるかもしれない。現に近くの席の人達は、見終わった後に「ヒトラーいつ出てくるのさー」と文句を言っていた。Wikipediaを一読しておく、あるいは「ヒトラー最後の12日間」や「ダンケルク」を観ている人なら、混乱はしないだろう。
しかし「ヒトラーから世界を救った男」は無いよなあ、って思う。そういう趣旨の映画ではない。

そういえば映画が終わった後に、「喫煙シーンが多すぎて不自然だった。集中できなかった」と文句を言っている人達がいた。いやいや違うでしょう、って僕は考えるのだけれど、確かに最近の映画は煙草の出番が激減しているので、あれは不自然に見えるのかもしれない。「国王まで煙草を吸っているなんて!」って、なんだか怒っていたけれど。

 

 

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コーヒーと水疱

 仕事でぐぐっとストレスがかかる一週間だった。
さすがに身体が参ってきたのか、唇の周りに少しだけぶつぶつが。体調が悪い時、稀に生じる。
これがなかなか厄介で、なんとなく気になる痛みと水ぶくれが何日か続く。いわゆる疱疹だろう。

 

そんな状況でも、朝はのんびり過ごすことに決めている。
コーヒーがあればまずは幸せ。
インスタントコーヒーでも十分なのだけれど、せっかくだから豆から淹れている。ごりごりと挽いていると、なんだか堅実な暮らしができているように思えてくるのだ。
他にもやりたい事があれば、フィルター付きのドリップコーヒー(1人分で、カップに引っ掛けて淹れる手軽なもの)を使う。あれは味はともかく安くて便利。

 

今日は兄の家族が遊びに来ていて、夜更かしをしてしまった。とにかく今から寝て、明日は元気に遊びたい。

新しいサラダ

新しいサラダ

 

 

お題「コーヒー」

たまねぎうどん

書くことが無い。
だからお昼ごはんについて記録しようと思う。

例によって今日もまた、昼ごはんを食べに帰宅した。昼休みの60分を有効に使うため、昼食は手早く済ませる。
玉葱を使ったうどんを作ってみた。

これは小林カツ代氏の本に載っていたのだったか。
玉葱が出汁になっている、かけうどん。
僕の場合は麺つゆを使うので出汁の件はそれほど重要ではないのだけれど、とはいえ玉葱が主役だと普通の鰹出汁とは違う風味が楽しめるのは確かだ。
別の本では、皮も煮出していた。この皮エキス入りの出汁は、どこかの自然食カフェで口にしたことがある。普通の玉葱風味で、抗酸化云々はどうでもいいです。

薄切りの玉葱は1個ぶん。フライパンに胡麻油をひいて、炒める。最初のうちは動かさないで放置しつつ、冷凍の讃岐うどんを電子レンジに入れたり、お湯を用意しながら火を通していく。
最後には煮るわけだが、それでもしっかり炒めるのがこの料理のポイントかもしれない。とにかく炒め続ける。気が向いたら鰹節も放り込むし、輪切りの鷹の爪も少し入れたい。

きつね色にまではしないが、しっかりと炒めたところでお湯を投入。さらに濃縮めんつゆで味を調えていく。薄めに仕上げて、塩で調整。

冷凍のうどんは、加熱してから熱湯に放ち、適当にかき混ぜてから冷水で洗う。茹でる暇があるのなら、もちろん茹でるほうがいい。もちろん汁に入れて煮てしまっても良い。自分は澄んだ汁が好きなので、出汁では煮込まない。

丼に移して完成。鍋の底に沈んだ玉葱は麺の上に載せる。
薬味は黒胡椒。がりがりと挽くのが良いと思うが、ラーメン用の胡椒で十分だろう。

蛋白質が足りない。
とりあえず牛乳を飲んだ。野菜は冷蔵庫にあったほうれん草のおひたしで済ませた。

 

 

こういう質素な食事は好きだ。
平日、って感じがする。
寂しさというのは趣きなのだなあ、などとぼんやり考えて、準備に13分、食べるのに8分、片付けに10分の昼食を終える。あ、タケノコを使えば良かった。

 

 

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タケノコの山

春になると、タケノコがたくさん届く。それこそ山のように。

近所の山はどこも竹の生えすぎが問題となっている。行政と地元住民が連携して伐採しているくらい、あちこちに竹が生えてしまっている。
人の手が入る里山でさえ、竹はどんどん増えている。だからタケノコもあちこちにあるし、見つけ次第、折り取ることが農家の人達の習慣になっている状況だ。

そんなタケノコだから、質は期待できない。冬の終わりに名人が掘り当てる柔らかいものではない。
いつも、かなり育ってしまったものが、玄関先に山と積んである。タイミングによっては丸1日、日向に放置されてしまうことだってある。

 

 

でも貰ったからには食べる。
皮を剥いて茹でる手間が面倒だ。
奈良の山奥で、やはり竹が増えすぎて困っている山があった。その山では、駐車場の片隅に大きな寸胴鍋とかまどが置かれていて、水は井戸から汲み放題で、皮の処理と茹で作業までを山で済ませることができていた。地域住民ならば好き勝手にタケノコを収穫して良い仕組みに、いちばん面倒な下茹で作業まで用意されているあたり、とても賢いと思う。もちろん米糠も常備されていた。

 

我が愛すべき郷土の山では、そこまでサービスが良くない。だから、知り合いからタケノコが届けば、まずは献立を考える前に茹でるしかない。親類縁者に配るにしても、茹でてから。

今日はほぼ定時に帰宅した。
家族はでかけている。
さあ好き勝手に夕食を作るぞ、食べるぞ、と思っていたのに、この「タケノコの山」が玄関にできていた。
だから夕食は、牛肉とタケノコ細切りの炒め物。青椒肉絲のピーマン抜き。なぜか白髪葱が合う。

家族の知り合いに、農家が多すぎるのだ。
しかも年寄りの知り合いだから、こちらの事情まで気を遣ってくれない。タケノコは好きだけれど、山盛り食べて嬉しいものでもないので、ほんの少し困っている。
タケノコをたくさん消費できる料理、誰か教えてくれないだろうか。

 

 

遊び尽くし 産地発たけのこ料理 (Cooking & homemade―遊び尽くし)

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花見で散歩で自転車で

新しい勤め先、なにしろ人数が少ない。本格稼働して日が浅いのだ。
あるはずのものが揃っていない、だから自分で買い揃えるしかない。総務とはいうがここまで“総”なのは人生初だ。今までは何かしら大きな会社か、その関連会社にしか勤めてこなかったので、とりあえず機械や設備は足りなくともルールとインフラは整っていた。
今よりも少人数のチームで働いていたこともあるけれど、電話回線を引いて、残業規定を整えて、しかも本業というのかお金を稼ぐ仕事も進めるし、仕事の勉強だってしなければならない。これは正直なところ、「新工場の立ち上げメンバー」になった時よりも大変だ。

でも身体的にはそれほど辛くは無い。ホワイトカラーの素晴らしさを実感している。「気晴らしに身体を動かせる」という素晴らしさに支えられて生きている。

今日は昼休みに、自転車で近くの山道を走ってきた。
ふと思いついた時に自転車散策ができるのが、折りたたみ自転車の良いところ。さっと出して、20分くらい走って、一休みして、帰り道は15分(下り坂で、寄り道もしないので)。
谷間の道は、まだソメイヨシノが満開。数百メートル離れた“下界”は、桜の吹雪になっているのに。朝夕が涼しいのかもしれない。

漫然と仕事をしていると残業が延々と続きそうな雰囲気だった。そういう時は、率先して、そして適当なことを言って定時に帰る。自分の場合は、15時には「残業か否か」を決めてしまう。それ以後は突発的な事象が無ければ、終業時刻を区切りとすべくその日の仕事をこなしていく。もちろん明日に回す仕事も積み上がるけれども、大丈夫、積み上がるような仕事は本当に重要ではないのだ。人の命がかかっていない仕事はそれだけで気が楽だ。安全最高。

 

というわけで、せっかく早く帰ることができたので、早く寝ます。
おやすみなさい。

 

人口から読む日本の歴史 (講談社学術文庫)

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